母の家にあったアルバム。その中から出てきた1枚のモノクロ写真にくぎ付けになりました。校庭に全生徒が集まり人文字を作ったこと。上空を旋回するヘリコプターの音。おぼろげな記憶ですが瞬時に甦ってきました。
昭和35年、今から58年も前の話です。住んでいた家が小学校の正門前にあったので、写真に写っていました。あたりの風景もとても懐かしいです。
人文字に三大とあるのは大島第三小学校だから。ちなみに小学校は引っ越ししたそうです。航空撮影1960年6月
住まいは海抜ゼロメートル地帯と言われた江東区にあり、台風が来ると床下や床上浸水になったりすることがたびたび。小学校は休校になり、運が良ければ(!?)舟に乗って2軒先のお風呂屋さん(建物が高いので)に避難。友達の家だったので、ひとりっ子の私としてはそれはそれは楽しいひとときでした。
下にアップした写真は2011年にその地を訪ねた時のものです。ほとんど当時と変わらぬ姿で存在していて感激しました!
タイムトラベル:2011年6月19日のブログ
水害時に避難をさせていただいたお風呂屋さん 撮影2011年6月
当時、駄菓子やブロマイドも扱っていた文房具屋さん 撮影2011年6月
さて、手に取らなくなって久しい我が家のフエルアルバム。厚く重たくなったものが30冊以上、押入れを占領しています。プリントの劣化も出てくることですし、そろそろデジタル化しなくてはと思っているのですが、なかなか決心がつきません。
アルバムの写真部分に温風ドライヤーを当て、そっと台紙から剥がせば何とかなりそうな気はしていますが、並べ直してプリンターでスキャンすると途方もなく時間がかかりそうな…
でも、母のアルバムでいろいろ試した今、記憶するためには記録としての写真をきちんと残すべきだと改めて強く思ったのでした。〈やっぱりやらなくっちゃ!!〉
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